寺山修司の短歌 60 だれも見ては


だれも見ては黙って過ぎきさむき田に抜きのこされし杭一本を 


稲刈りや天日乾燥を終えて寒々とした田圃に、用済みとなった杭が何故か一本抜き残されている。それが一層寒々とした印象を与え、皆無言で通り過ぎたのだ。

※ 今では非常に珍しくなった天日乾燥だが、杭などを組んで作った稲架(はさ)に刈り取った稲を束ねて掛けるのを「稲架掛け」、杭一本にかけるのを「杭掛け」という。

by 寺山修司(てらやま しゅうじ)  

青森県出身の歌人、劇作家   
演劇実験室「天井桟敷」主宰   
言葉の錬金術師、昭和の啄木などの異名を持つ 

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