近代美術と「あやし」の女たち
今、京都国立近代美術館で岸田劉生展が開かれている。
それにしても、近代画壇の大家たちは何故こうも女性の内に「あやし」を探ろうとしたのだろうか?
教科書で見た子どもたち全てに忘れられないインパクトを残した麗子像…トラウマになったという人もいるのでは?
5〜16歳まで、実の父に「押し潰した鏡餅(美術評論家・橋本麻里談)」のように描かれ続けて50枚…よくぞグレずに育ったものです(実際の麗子は下のように細面の端正な顔立ちだったのです)。
笑った目元・口元に凄味があり、手に持つ器にはトロトロになるまで煮た何かの肉が…考え過ぎか(笑)
モデルの四代左近小稲(吉原遊郭・稲本楼の美人花魁で、函館五稜郭で散った隻腕の剣士・伊庭八郎の恋人だった)は、この絵を見て「私はこんな年増じゃない」と泣いて怒ったとか…いや、ちょっと凛々しいオッサンも入ってるし(笑)
甲斐庄楠音(かいのしょう ただおと)
春宵(花びら)
男性しか愛せなかったとされる楠音は、唯一愛した女性に裏切られたことから、益々女性の内に秘められた業や辱めを描くようになったとされるが…ここまで来ると最早妖怪でしかない(笑)
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